かれこれどのくらい経過しているだろうか・・忙しさにかまけ様子を見ていたが・・慌てて時計を逆算してみる・・ヤバい・・30時間は経過しているだろうか・・まったく減っていない御飯と水を確認して焦りだす心・・
使用人「・・むぅ・・これはマズイですねぇ・・」
支配人「・・・・・・・・・・」
体毛がパサつきだし・・体幹が脱力し気怠そうに視線をよこす支配人・・身体を撫でる手に伝わる異様な体温・・この状態で30時間以上水分を摂取していないのは素人目に診ても危険を感じる・・自分の身体の異変に戸惑いながらフラつくボディで一段づつ階段を下りてゆく・・尋常ではない階段の降り方に慄き・・何をしに行くのか上から見守っていると・・やっとこさ降りきったところで急に吐き出す支配人・・しきりに私を振り返り見ないでくれとでも言いたげな視線をよこす・・そう・・猫は具合の悪いのを隠そうとする習性があるらしいのだ・・無論誰だって吐いているところなど見られたくもないだろうが・・支配人は必ず吐く時はわざわざ階段を降りた所まで行って吐いていた・・全身を波打つように逆なで三度ほど吐くが・・もちろん出てくるのは黄色い泡のような液体のみ・・あまり時間の猶予がなさそうなことに背筋に緊張が走るわたし・・朝一で連れて行くべきだったと昼過ぎに猛烈に悔い始め・・なぜ午後の診察は16時からなのかと焦りだす始末・・色々調べてみるが不安を煽られるだけの情報が目に飛び込むだけ・・幸い呼吸は安定している様子がせめてもの救い・・
使用人「・・すいません💦・・ちょっと猫の具合が悪いので小一時間ばかし病院に行かせてください💦・・」
チェックインして頂いたばかりのお客様に了承を経てスクランブルで病院へと向かう・・空いてることを祈りながら・・
先生「・・どうしましたぁ?・・」
使用人「・・食欲が全然なくてぇ・・もう36時間位なにも口にしてないかもしれません・・」
先生「・・はぁ?・・36時間!?・・!?・・」
うそだろぅ?とばかりにカッと目を見開いたかと思うとすぐにあきれ顔に切り替える無言の先生・・ここから怒涛の手際の良さを見せつけられることになる・・速攻で肛門に体温計を挿しながら聴診する先生・・気になるお熱は40.8℃・・
先生「・・ふん・・この体温じゃぁ何も食べたがらないよ・・」
もっと早く連れてこいやと呆れんばかりに処置を進めてゆく・・速攻で背中の真ん中に点滴をぶち込む・・皮下注射で体の隙間にダイレクトに点滴を流し込む・・恐ろしいスピードで支配人の背中がタンコブのように膨らんでゆく・・よく見ると点滴の落ちるスピードが一本の筋になってノンストップで流し込んでいる・・ものの5分もかからず点滴終了・・からの注射2本を流れるようにぶち込み・・とどめは容赦なく座薬をねじ込まれ・・あっという間に終了・・迷いなしの動作に惚れ惚れする・・
先生「・・う~ん・・なんだろねぇ~・・今晩で下がれば回復するかもね・・」
えっ?・・それってどういう事よ・・まるでお前が連れてくんの遅いからだからな・・と言わんばかりに突き放してくる先生・・
使用人「・・なっ・・なにか・・なにかやった方がいい事はありますか?・・」
先生「・・う~ん・・別にないねぇ・・水飲みたがったらあげてください・・」
頼むよ先生・・そんなに突き放さないでくれ・・しかし圧倒的な処置の速さに感謝しわずか15分程で病院を後にした・・大急ぎで宿まで戻りお客様に陳謝・・心なしか抱きかかえた時の脱力感が緩和されしがみつく力を感じる支配人・・少しでも点滴と注射が効いてくれることを祈りベッドに寝かせ夕食の準備へ取り掛かる・・素人目に診てもいくらかだが回復したように見えた・・その夜・・お客様の就寝と共に二階へ上がると・・さすがにもう寝れないよとばかりに視線をよこす支配人・・タンコブのように膨れていた皮下点滴の痕もスゥ~っと吸収されてしまったようだ・・座薬が効いているのか夕方より少しは楽そうだ・・これで今夜の山は越えたように安堵し眠りにつく・・
使用人「・・ぅ~ん・・どうですかぁ?・・えっ!?・・あれぇ?・・また上がってますかぁ・・?・・」
支配人「・・・・・・・」
早朝から仕出しの準備に取り掛かろうと眠い目を擦りながら支配人をなでると・・明らかに昨晩よりも体温が戻っている・・少しでも寄り添っていてやりたいがそうもいかないジレンマで目の前のやることに取り掛かる・・8時過ぎ・・お客様の朝食を終え様子を見に行くと・・やはりぐったり感が戻っている・・引き続き仕出しの準備をしに戻る私がここで・・痛恨のミスを犯す・・まさか・・まさかこの状態で外には行かないだろうと愚かな高を括る私に痛恨の鉄槌が振り下ろされる・・仕出しの配達を終え二階に行こうとすると・・階段の下に3か所吐いた痕跡を発見・・吐き気までぶり返した事に心配しながら二階へ行くと・・支配人の姿が忽然と消えていた・・
使用人「・・えっ!?・・うそ?・・どこっ!?・・えっ!?・・うそでしょ?・・」
忽然と居なくなった支配人に動揺しパ二くるわたし・・マズイ・・あの状態で外社会はマズイ・・痛恨のミスは取り返しのつかないミスに直結することが多い・・そう・・私が犯した痛恨のミスは猫用の小さな出入り口をロックしていなかったのだ・・慌てる心を落ち着かせ現場検証・・吐きに階下へ来た支配人・・フロントへの戸も閉まっていたため気分転換がてら外に出たようだが・・そこで思い出す猫の習性・・調子が悪い事を隠すためいなくなる・・しかし居なくなられては治しようがない・・まさかあの状態で外に行くとは・・ゾワゾワとした嫌な感じが背筋を逆撫でソワソワマインドに拍車をかける・・猫の知能は人間の2~3歳児程度・・自分がいったいどういう状態なのかなど判断できるわけもない・・熱が下がった後の幼児が急に元気になったものだから遊びに行こうとしてママに怒られる・・そんなパターンに似ている・・しかも熱が下がったわけでもなく3回も吐いて元気に行ってきますなど有り得ない・・だからこそちゃんと監視下で外に出れないようにしておくべきだったのだ・・痛恨の悔い倒れ状態に悪いビジョンがしきりに連鎖する・・
女将「・・ふん・・自分で出て行ったんだろうぅ?・・歩けるから出てったんだろうぅwww・・ったく肝っ玉が小さい男だねぇ・・」
使用人「・・いやいや・・丸2日ですよぉ・・丸2日以上何も口にしてないんですよぉ💦・・私だったらフラフラですよぉ・・」
フラフラと表に出る支配人・・黄色い太陽が否応なしに日陰を歩かせる・・どこか・・どこか涼しい所で落ち着きたい・・手頃な農作業小屋を見つけ吸い込まれるように隙間から中へ・・するとそこには先客が・・こないだ身体中に傷を負わされたばかりの喧嘩相手だ・・まずい・・フラフラのボディではこないだより勝負にならないのは明らかだ・・「いま・・フラフラだからぁ・・勘弁しろやぁ・・」というのは通用しない・・結果フラフラ+ボコボコのヨロヨロ状態でさまよう支配人・・傷も浅くはなさそうだ・・「オイラ・・もうダメかにゃ・・」と・・植込みの陰で弱りジッとしている所を上空のトンビにロックオンされる・・散々抵抗するがボロボロにされたところでカラス登場・・おいしい所を総取りとばかりに数でトンビを追い払う・・カラスが真っ先に狙うのは弱った動物の視力・・視力さえ奪ってしまえば勝ち戦で無駄なダメージを負う心配もない・・あの黒くて硬い鋭いクチバシで突かれたら目玉などひとたまりもない・・命からがら虫の息で家屋の下に逃げ出し動けなくなる・・
使用人「・・こんなビジョンばかり・・どうしよう・・」
女将「・・ったく情けないねぇ・・だったら探してくればいいだろぅwww・・」
とりあえず村の方に行ってるのは間違いなさそうなので・・師匠達に見かけたら連絡下さいと伝えておく・・「自分で出て行ったんでしょう?・・大丈夫だと思うけどなぁ・・」となだめられ・・少し過敏に騒ぎすぎかと落ち着かせ探しに出る・・
女将「・・ちょっとぉ・・なんでアタイまで突き合わされんのよぉ・・」
使用人「・・いいじゃないですかぁ・・その優秀な鼻で探してくださいよぉ💦・・」
探すといっても呼びかけに応えてノコノコ出てくるとは思えない・・道を歩いているわけでもなければタマリ場を知っているわけでもない・・只々道沿いの物陰に目を落とし呼びかけるだけ・・あのボディと失踪時間を考えても遠征をしているとは到底思えない・・とはいえ支配人の行きつけなど何も知らないのも事実・・容赦ない日差しがあざ笑うかのように体力を奪う・・そもそもどこかでジッとしているであろう猫を見つけるにはカクレンボのフィールドが広すぎる・・この日差しでは夜まで動かないだろうと見切りをつけ戻る・・
女将「・・冗談じゃぁないようぅ・・こっちがミイラになっちまうよぉ・・」
使用人「・・今晩・・戻ってくれば良いのですが・・」
案の定・・こういうパターンは戻ってこないのがセオリーとばかりに朝を迎える・・気になって仕事どころではないが無責任なことは出来ない・・
女将「・・ったく・・闇雲にウロウロしたって見つかるわけないだろぅ・・待つしかないのよwww・・」
使用人「・・もう・・3日以上飲まず食わずなんですよぉ・・大丈夫かなぁ💦・・」
気休めは一昨日に打った点滴と注射がどのくらいエネルギーに転換されているかという事・・只々それにすがる気持ちで夕方の散歩に出る・・村の中心部を女将と歩いていると前方から村のマダムと娘さんが歩いてきた・・女将と戯れるマダムに早速支配人の事を伺うが・・見てないとの事・・事情を説明して見かけたら連絡をお願いすると・・30分後・・なんとそのマダムから着信・・
マダム「・・ヨイチくんがウチの裏の畑に来てるよ・・多分ヨイチくん・・やっぱり具合が悪そう・・迎えに来てあげてぇ・・」
女将「・・ほらみなさい・・オマエさんが独りで騒いでるだけなんだよ・・」
昔見た気持ち悪い映画で「震える舌」という日本映画を思い出した・・たしか夫役が渡瀬恒彦だったか・・破傷風にかかってしまった娘を救うために家族が奮闘する暗い映画なのだが・・クライマックスで娘の意識が戻り・・何が食べたいか聞くと・・「チョコパン・・チョコパン食べたい!・・」それを聞いた恒彦が歓喜のあまり病院の廊下を全速力でコケながらチョコパンをゲットしに行くシーンがあった・・そう・・まさに今の私は「震える舌」の恒彦状態・・大急ぎで駆け出し車のキーを忘れてこけそうになる・・生きていてくれた・・無事でいてくれた・・必要以上に恒彦状態の私はスクランブルで車を走らせる・・畑仕事をするマダムにすがるように駆け寄る・・
マダム「・・コッチコッチぃ・・」
使用人「・・わざわざありがとうございますぅ~💦・・」
奥へと向かうと娘さんが支配人の相手をしていてくれた模様・・いったいどんな顔をするのやらと私が姿を見せると・・
支配人「・・ゲッ!・・やべっ!・・」
使用人「・・生きてましたかぁ^^・・」
まさに親に迎えに来られてしまったガキのように・・バツが悪そうに一瞬逃げようとする支配人・・
使用人「・・ホラぁ・・帰りますよぉ・・」
支配人「・・じ・・自分で歩けるにゃ・・」
抱きかかえた感じ少しは回復しているようだ・・私の肩に爪を立てている・・どうやら点滴と注射が効いてくれたようだ・・胸を撫でおろしながらそそくさとゲージに収容・・丁重にお礼をいいルンルンの恒彦状態で引き上げる・・宿に戻りご飯をあげてみるが・・やはりいまだ食欲無し・・明らかに失踪直前よりは元気なのだが・・もう一発追い打ちをしに行く・・
先生「・・どう?・・どんな感じぃ・・?・・」
使用人「・・少し回復してるようですが・・食欲が戻りません・・」
すかさず速攻で肛門に体温計を突っ込まれる支配人・・気になる体温は・・ピピ39.8℃・・
先生「・・うん・・よしもうひと頑張りだ・・」
速攻で点滴と注射の追い打ちが始まり・・あれよあれよという間に腫れあがる支配人の背中・・
使用人「・・あっ・・先生・・これは痛くないんですかぁ?・・」
先生「・・あぁ・・皮下注射で吸収させるのは猫の常套手段なんだよ・・本人は何も感じていないと思うよ・・」
見ているとどうも点滴が漏れた時の痛みを想像してしまう・・伺えば猫の皮膚内には細かい毛細血管が無数に張り巡らせているらしく・・脱水症状がひどいとスゥーっと吸収してしまうらしい・・まるでポヨンポヨンの水風船が背中に入っているようで触ると気持ちいい・・体温も下がり座薬のねじ込みは免れた支配人を連れ帰路につく・・
使用人「・・しかし・・血管からも水分とか吸収できるんですねぇ・・」
支配人「・・あぶねぇ・・座薬だけは2度とゴメンにゃ・・」
使用人「・・ククク・・思いっきり躊躇なしでブチ込まれてましたもんねぇwww・・」
次の日の朝・・1.8キロ程落ちた体重を取り戻すように食べまくる支配人・・専用の出入り口のセキュリティ強化を今回の騒動の教訓としてキツく肝に銘じた・・