KOUSAKA KIKYOU

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鎮魂歌❤・・

住み慣れてきた山を下り・・見慣れてきた住宅街を抜け・・高速道路沿いの道を進み平尾山を登ってゆく・・たまにお客様のお見送りなどで訪れる佐久平パーキングエリアと進む・・いつもは売店でお客様とお別れするが・・熱いコーヒーを買い東京方面へと軽トラを走らせる・・東京へ向かうのはどの位ぶりだろうか・・思い返してみるが・・こみ上げるもので視界が滲みピントがぼやける・・関越・圏央道と進み入間インターを降り一路立川方面へと向かう・・10代の若いころ隠れてコソコソ半端な事ばかりしでかし社会や親に迷惑ばかりかけていた・・やがて鑑別所にリーチがかかる頃・・みかねた父親が強制的に動き出し・・プラプラさせないよう自身の会社に私を就職させた・・個人事業で中古車の洗車業を営んでいた父は毎日のように立川へと通っていた・・そう・・立川へと向かう道は思い出の道・・懐かしさと変わりゆく街並みが同居する通いなれた道を・・遥か遠い過去の古い記憶をたどるように狭山湖畔を抜け芋窪街道へと入る・・ヨシダ家の家業は最大で父・母・私の3人が働いていた・・喘息で母がリタイアするまではこの道を3人で毎日通っていたなぁ・・などとおセンチに浸りながら人生を終え旅立つ最愛の母に逢いに行く・・
女将「・・えぇっ!?・・ばぁちゃん死んじゃったのぉ!?・・」
支配人「・・にゃっ!?・・こにゃいだ遊びに来てくれたばっかりにゃ・・」
使用人「・・残念ではございますが・・もう身体が限界だったようです・・」
昨日・・姉から母が救急搬送されたと知らせが届く・・私も仕事中で連絡の確認が遅れ気付いたのは2時間後・・今日明日が山だとの内容にざわめき始める心を落ち着かせやりかけの仕事を急ピッチで片付ける・・が・・これが仇となる・・限界を迎えていた母のボディは容赦なく血圧を下げ始めあっという間に旅立ってしまった・・仕事など即座に放りだし着の身着のまま電光石火で向かえば・・母の死に目に間に合ったかもしれない・・二言三言だけでも忌の際を励ませたかもしれない・・タラレバの後悔と共に決断力のない自分を責め立てる・・まぁ・・仮に間に合ってたとしても仕事を放り出してきた自分を母が喜ぶとも思えない・・また半端な事をしてと叱られそうである・・これは誰にしもいつかは訪れる出来事・・親がいるだけでも有難く・・育てて貰っただけでも恵まれている事・・ただ私にその順番が廻って来たに過ぎない・・若くして亡くなったのならまだしも88歳まで生きてくれたのだからヨシダ家も幸せもんである・・戦後の昭和の高度経済成長期を支えた母たちの世代・・何処にでもある一般家庭の主婦たちは生活を切り詰め・・自分のことなど後回しに家族の為・・奮闘していた時代・・贅沢はあきらめ・・ひたすら身の丈にあった生活を徹底していた家も多いはず・・母ヨシもまたその一人・・半世紀ほど前の服など当たり前に着こなす物持ちの良さに只々驚くばかり・・物欲無し・・外食しない・・リズムを変えない・・だがケチとは違う・・暮らしが豊かになり始めた昭和40年代後半に生まれた私にはとても真似できない・・幼いころから両親が共働きで稼いでくれたおかげで家に食べ物がない事などは無かったが・・鍵っ子だった私がひとり野放しにされ悪さをしでかし始める・・ではここで・・寿命を完全燃焼した母に敬意を込めこの鎮魂歌を送る・・題して私が「母を悲しませた出来事ベスト3」・・
女将「・・なんか・・嫌な予感しかしないわ・・」
支配人「・・喜ばせた事はにゃいのかよ・・」
当時は「鍵っ子」などという言葉が出来る程共働きの家庭は多かったように思う・・そんな私の鍵っ子人生は幼少期の保育園時代から始まる・・今では考えられないが片道30分以上の道のりを独りで歩いて帰っていた・・おかげで何でも独りでやるように独立心は鍛えられた・・が・・同時に悪さも覚え始めた・・誰も居ない家に独りでいるともちろんヒマ・・気になる親のタンスの引き出しなどをアサリ始める・・当然のように出てくるお金に心奪われクスネ始める・・最初は硬貨で満足していたが調子に乗った私はとうとう諭吉に手を出してしまう・・小学3年の頭はフル回転で何を買いに行こうか迷うが・・けっきょく対して欲しくもない2000円のガンプラを買ってきてしまう・・挙句の果てに罪悪感からなのか箱売りのアイスを家族に買ってくるという謎の気遣いを見せる・・無論家族からなんでそんなお金を持っているのかと当然の尋問に即御用・・さすがにこの時の博昭(父)はキレた・・「どっちの手で盗ったのか手を出せっ!」・・と差し出した右手の甲にアツアツのタバコを押し付けてきた・・えっ!?・・なにそれ?‥初めて味わう割と残酷な行為に理解できず一瞬戸惑うが・・すぐに痛みでスクリーム・・泣きじゃくりながら謝る羽目となった・・
支配人「・・自業自得にゃwww・・」
女将「・・あんたよくアタイに・・人の物を奪うな・・なんて言えたわねぇ・・」
ところがこの時はこれで終わらなかった・・博昭の怒りは母のヨシにまで飛び火・・真っ暗な部屋に座り込みすすり泣くヨシに何事かと声をかける・・「アンタのせいでぇ・・あたしの教育がなってないってぇ・・コレ・・投げつけられたんだからねぇ!」・・問答無用で飛んで来る私のフデバコ・・当時流行っていた両面開きの頑丈なフデバコだ・・「暴力なんて振るわれたの初めてだよ・・ホント情けない・・」・・初めて見る母の涙に動揺すると同時に訳の分からない連帯責任に恐怖した・・
使用人「・・いやぁ~さすがにコレには堪えました・・」
女将「・・おまえが巻き起こしてんだけどな・・」
支配人「・・というわけで第3位は幼少期のヨシダの手癖の悪さが招いたフデバコ事件ですにゃ・・」
そして定期的にコソコソと悪さを繰り返しながら中学を卒業し・・行きたくもない高校へ無理矢理行かされる・・絶対に辞めるから・・金の無駄になるからと釘を刺したが・・とりあえず高校は行けと・・だが学校が好きではなかった私にとって苦痛でしかなく・・案の定・・即退学・・ここからプラプラとバイトをしながらバイクにのめり込んでゆく・・そう・・16になればバイクの中型免許が取れるのだ・・意気揚々と教習所へ通い始めるが・・ダチが先輩から単車を買い・・そのバイクをみんなで乗り回し始め・・バイクの免許を取りに教習所へ単車で通うというズルをし始める・・こうなると・・どんどん調子に乗り出すタチの悪いアホは・・交通量の少ない工業団地の道を攻め始める・・バイクの操作に慣れれば慣れる程コーナリングが楽しくなり・・一時停止すら無視し始めたアホはとうとうノンストップで軽バンのドテッパラにフェードイン・・そのまま意識を失い救急車にピットイン・・頭蓋骨骨折&脳挫傷でICUにベッドインするという間抜けっぷりを展開する・・運よく即死は免れたがこれは後の私の青春時代を大きく苦しめる事となる・・
女将「・・まぁ・・おまえが巻き起こしてんだけどな・・」
無免許運転による人身事故・・相手の軽バンは薙ぎ倒され運転手も軽いケガをした・・これは悪質で危険な暴走行為とみなされ私が軽く見ていた以上に罪は重くなった・・しかしなんとか保護観察の処分で済み普段の生活に戻れたが・・保護観察官の言いつけで門限は22時と設定された・・みんながバイクで楽しそうに走り回る中・・一年間免許は取れず・・22時までに帰らなければならないのはホントにキツかった・・次になにか起こせばリーチ一発鑑別所という文句に小者はビビりまくり保護観察官のもとへ通った・・
支配人「・・自業自得にゃのよwww・・」
しかしこの時の示談金や事後処理は確実に私の中でナンバーワンの親不孝となったのは言うまでもない・・
女将「・・おまえ・・クズだな・・」
支配人「・・というわけで第二位は社会にまで迷惑をかけ始めたクズのバイク事件ですにゃ・・」
自分で自分の首を絞めながら社会のルールを不器用に学んでゆくクズもやがて大人になり家を出る・・人なみに結婚をして子供を作り・・孫を見せてやれたのまでは良かったが・・若さゆえ自覚と意識が崩壊し離婚・・ココからクズはさらに腐りだし遊び惚ける様になる・・家賃は滞納し・・家はゴミ屋敷のように荒れはて・・無責任の塊のようなクズへと堕落してゆく・・仕事を無断でサボり・・金が無くなれば実家の母にタカリに行くようになっていた・・この20代後半は心底母にあきれられ・・都合よく実家を利用するなと忌み嫌われていた・・ある意味大人なだけに一番母をガッカリさせていた時期だと言える・・この堕落した沼から這い出るのにエネルギッシュな20代をすべて消費してしまうという愚行は今も忘れられない戒めとなって心に刻まれている・・
女将「・・刻んでんじゃねぇよ‥金返せぇ!・・」
支配人「・・というわけで第一位はクズの暗黒時代を物語るクズ中のクズ事件ですにゃ・・」
ここから全ての憑き物を取り払うように事が動き出す・・消費者金融などに借金まみれだった私を容赦なく交通事故が襲う・・信号無視の大型トレーラーに買ったばかりの車を3日で廃車にされ危うく死にかける・・その事故の現場検証の帰り道・・前を走る大型トラックが私の車に気付かずまさかのUターン・・そのドテッパラに突っ込み急停車・・鎖骨を二本折り救急搬送・・その後も立て続けに3件の追突もらい事故・・この示談金により借金を全て返すという奇跡の荒業リセットで人並な生活にカムバック・・まさに因果応報・・交通事故で人様を傷つけ・・交通事故に生贄の様に身体を捧げ人生を返り咲けた・・この奇妙な奇跡が無かったらと思うと今でもゾッとする・・とはいえ自分の店をやり始めてからは母は再び応援してくれるようになり少しづつではあるが信頼を回復していった・・そんな母がようやくバカ息子の面倒からも解放され旅立つ・・驚くほど冷たくなった母の頬をさすりながら・・走馬灯のように繰り返してきた愚行を懺悔する・・まるで自分が死んだことに気付いてないような程穏やかな表情の母にご苦労様でしたと抱きしめ別れを告げた・・
女将「・・グスッ・・ばぁちゃん・・せんべぇ・・美味しかったわぁ・・天国でもせんべぇ・・焼き続けてねぇ・・」
支配人「・・いや・・せんべぇ屋じゃにゃいのよぉ・・ばぁちゃんは・・」
使用人「・・あはは・・たくさんせんべぇ・・貰ってましたもんねぇ女将ぃwww・・」
外食や旅行などに縁のない母であったが・・宿を始めてから3度も足を運んでくれた・・

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最後の最後に・・少しでも親孝行するチャンスを与えてくれた姉と娘に感謝したい・・母よ・・安らかに眠れ・・

プロフィール写真

女将の「おきみ」と申します~2歳の秋田犬やらせてもらっとります~今後よろしゅうたのんます~
しつこくて意地悪な性格と使用人からは言われとります~
何が悪いん?

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